Free空想委員会 三浦さんをしのぶ/地元八戸で定期的にライブ 音楽への情熱最後まで

地元八戸でのライブやファンとの交流を大事にした三浦隆一さん=2016年8月、デーリー東北ホール
地元八戸でのライブやファンとの交流を大事にした三浦隆一さん=2016年8月、デーリー東北ホール

今月3日に大腸がんで亡くなった、ロックバンド「空想委員会」のボーカル三浦隆一さん(41)=八戸市出身=。全国的な人気を獲得する一方で、八戸でも定期的にライブを開催。本紙でもエッセーを連載するなど、その音楽活動は始まりの地でもある地元と深い関わりを持っていた。

 2014年6月のメジャーデビュー直後、同市のライブハウス「ROXX(ロックス)」で初ライブを開催。多くの市民やかつての同級生が駆け付ける中、バンドの特徴でもあるメッセージ性の強い楽曲を、熱いサウンドと共に観客に届けた。

 ライブ後の取材には「(ロックの聖地とされる)日本武道館もいいけど、八戸市公会堂のステージに立つのが目標」と語った三浦さん。地元ファンにとっては何ともうれしい一言だった。

 その後も市内で毎年のようにライブを行い、CDのリリースイベントも精力的にこなした。デーリー東北ホールでもパフォーマンスを披露し、高校生バンドとの共演も楽しむなど、生演奏の魅力を若い世代へと伝えた。

 15年8月からは、本紙でエッセー「空想委員会 三浦隆一の全ては伏線であった」を連載(18年3月まで、全32回)。さまざまな挫折を味わいながらも、音楽活動にまい進してきた自身をつづった内容に、読者から多くの反響が寄せられた。

 その後は、バンドの活動休止や再始動、ソロデビューなどを経ながら、自身の新たな音色や理想とする音楽像を探求した。そんな中でも度々帰省しては、「はっち」や路上で弾き語りを披露。交流サイト(SNS)でも地元への思いをつづり、八戸を題材にした楽曲も手がけていることからも、三浦さんの活動を支える大事な場所だったことがうかがえる。

 3年に及んだ闘病。そんな中でもスタートするはずだった全国ツアーでは凱旋も予定していた。実現はならなかったが、そのスケジュールに、最後まで地元にその歌声を届けようとした三浦さんの思いがにじんでいる。

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 三浦さんを追悼して、本紙に掲載された三浦さんのエッセー「空想委員会 三浦隆一の全ては伏線であった」をホームページにアップし、その足跡をたどります。29日スタートです。

 
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