義と情と理と
 7カ月余り前の2021年8月12日、八戸プラザホテルで記者会見し、電撃的に政界引退を表明した大島理森氏。13選出馬が確実視されていた10月の衆院選にはIT企業役員の神田潤一氏(当時50)を後継として立て、世代交代した。

 政治生活は国会議員として38年、青森県議を含めれば46年余り。これから、その長きにわたる政界人生を、時間をかけて、つまびらかに語ってもらう。まずは近況と、印象に残る場面や思いを聞いた。
最新記事
飛躍(6-2)
バブルの後始末に遅れ
2022/05/15
 ―海部政権をどう評価しますか。リクルート事件の後に海部首相が出現したというのは、時代の要請だったと思います。90年2月の衆院選に勝たせてもらい、自民党再生のきっかけを作るという責任をしっかりと果たし…
飛躍(6-1)
複雑な方程式解く官邸
2022/05/15
政治生命を懸けた政治改革関連法案が廃案となった責任を取る形で、海部俊樹首相は1991(平成3)年10月の自民党総裁選への出馬を断念した。解散権をかざして巻き返しに出た首相に党内の批判が集中し、政権を支…
飛躍(5-2)
「重大決意」も解散断念
2022/05/08
政治改革に関する法案を党議決定する総務会は6月28、29日の2日間にわたった。強い反対が残る中で、最後は西岡武夫総務会長が質疑を打ち切って了承を宣言。その後も反対派が無効を主張して混乱は続き、最終的に…
飛躍(5-1)
政治改革で激しい対立
2022/05/08
リクルート事件による政治不信を背景に生まれた海部俊樹政権は、「政治とカネ」の問題を断ち切る政治改革が最大の使命だった。難題が次々降りかかる中でエネルギーを割けずにいたものの、1991(平成3)年2月に…

大島理森氏の足跡
1946年9月
  • 八戸市尻内町に生まれる
1965年3月
  • 青森県立八戸高を卒業
1970年3月
  • 慶大法学部を卒業し、毎日新聞社へ
1975年4月
  • 青森県議選に初当選
1980年6月
  • 衆院選青森1区に初出馬し、落選
1983年12月
  • 衆院選で初当選
1990年2月
  • 海部内閣で内閣官房副長官に就任
1995年8月
  • 村山内閣で環境庁長官として初入閣
1999年10月
  • 衆院議院運営委員長に就任
2000年7月
  • 森内閣で文相・科技庁長官として入閣
2000年12月
  • 自民党国会対策委員長に就任
2002年9月
  • 小泉内閣で農水相として入閣
2003年3月
  • 秘書の口利き疑惑で農水相を辞任
2005年12月
  • 衆院予算委員長に就任
2007年8月
  • 2度目の党国会対策委員長に就任
2009年9月
  • 党幹事長に就任
2010年9月
  • 党副総裁に就任
2012年10月
  • 党「大島派」会長に就任
2014年9月
  • 2度目の衆院予算委員長に就任
2015年4月
  • 衆院議長に就任
2020年12月
  • 衆院議長の在任が歴代最長に
2021年8月
  • 政界引退を表明