Free【あの日の天鐘・震災翌日】2011年3月12日

本紙1面のコラム「天鐘」は東日本大震災をどのように伝えたか。震災翌日3月12日の朝刊より。

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 天災とはいえ、過酷な仕打ちを恨みたくなる。きのう発生した東北・関東大地震。時間の経過とともに深刻な被害状況が明らかになってきた。つい先日、この欄で地震・津波防災について触れたばかりだったのに▼今回の地震は明治以降では観測史上最大規模。強い揺れが長く続き、大津波が沿岸を襲った。電気や電話などのライフラインはズタズタ。余震におびえながら、暗闇の中で不安な一夜を過ごした人も多い▼5年余り前、政府の海溝型地震専門調査会が北海道から東北にかけての太平洋を震源とする地震を想定し、被害状況を予測した。それによると、予想される死者のほとんどは、揺れによる家屋の倒壊などが原因ではなく、津波の犠牲者とされた▼1960年に八戸市内で撮影されたチリ地震津波の8ミリフィルムを見たことがある。ひたひたと押し寄せる黒い波のすさまじいエネルギーにあぜんとした。今回の津波はそれを上回るのではないか。同市の新井田川河口では駐車中の車をのみ込んだ▼災害発生直後には被害を最小限にとどめる対応が急がれる。大災害の場合には復旧まで長期戦となる。住民の不安と暮らしの混乱を長引かせないように、関係機関にはまずライフラインの確保に努めてほしい▼住民の果たす役割も大きい。防災関係者は「地域のコミュニティー機能が鍵を握る」と口をそろえる。身勝手な振る舞いが復旧の妨げになる。ご近所の結束が地域を支える。

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