Free天鐘(11月14日)

大嘗祭が始まったのは天武天皇と持統天皇が即位した7世紀後半の飛鳥時代らしい。朝廷や豪族を二分する壬申(じんしん)の乱や白鳳(はくほう)大地震、干ばつなどが相次ぐ混乱の世だったようだ▼大嘗祭は新天皇が即位の後、皇祖の天照大神を迎えて新穀を食し、五穀豊穣(ほうじょう)と国家安寧(あんねい)を感謝する祭祀(さいし)との解釈が一般的。民俗学者、折口信夫(しのぶ)の神と一体となる秘儀「真床覆衾(まどこおぶすま)」説は、今は根拠を失っている▼この時代は天智天皇の死後、皇位継承を巡る長子の大友皇子と皇弟大海人(おおあまの)皇子による壬申の乱(672年)や、南海トラフを震源域とする白鳳の大地震(684年)に加え、干ばつなど天災人災が絶え間なかった▼近年、列島を直撃した東日本大震災や熊本地震、地球温暖化で猛威を振るう台風に異常気象。飛鳥時代に勝るとも劣らない自然災害の頻発ぶりに、国民も手を合わせ八百万(やおよろず)の神々に国の安寧を祈りたくもなる▼明治期には天皇制の肥大化で祭祀が膨張し、民俗学者の柳田國男は「膨大な経費と労力」と批判。今回も公的「宮廷費」が充てられ、規模は縮小されたが、資材費の高騰等で前回比2億円増の24億円余に上るとか▼上皇さまの「国民を思う気持ち」。天皇陛下の「台風や豪雨など被災者への思い」。秋篠宮さまの「身の丈に合った儀式」。政府の格式への拘泥(こうでい)もあろうが、そろそろ天皇家の意をくみ“祈りの原点”を問い直すべき時ではないか。