紙面で紹介してきた膨大な記事の中から、北奥羽地方に関係するクイズを出題します。
すべて答えたら、下の「答え合わせ」で解答と解説をチェック!
1993年5月17日の記事
Q1. 毎年恒例の「八戸うみねこマラソン全国大会」。1982(昭和57)年にスタートしてから、今年で45回目を数えます。第12回大会が行われた当時の紙面を見ると、なにか違和感があります。それはいったい何でしょうか。
Q2.うみねこマラソンの発着地点から望める八戸大橋。「夢の大橋」といわれる理由とは何でしょうか。
答え合わせ(ここをクリック)
Q1 正解:コースが違う
当時の紙面では「八戸市の水産公社前を発着点とする、八戸臨港道路コースで行われ…」との記述があります。3キロは八戸大橋の途中で折り返し、5キロは八戸大橋を下ってから折り返し、10、15キロのコースは八太郎大橋を越えてから折り返すコースでした。
当時の紙面では「八戸市の水産公社前を発着点とする、八戸臨港道路コースで行われ…」との記述があります。3キロは八戸大橋の途中で折り返し、5キロは八戸大橋を下ってから折り返し、10、15キロのコースは八太郎大橋を越えてから折り返すコースでした。
Q2 正解:「連続箱桁形式」という工法で作られた橋としては当時、東北で1番の長さがあり、八戸を代表する橋だったから
八戸大橋は長さ1323m、橋脚の高さ30mを誇るアーチ型の産業用橋梁。1964(昭和39年)、八戸地区が新産業都市に指定されました。当時の八戸港は、馬淵川と新井田川に分断されていて港の中での物流が滞りがち。将来に向けて効率的な物流拠点とするため、港湾道路整備の1つとして新しい橋の設置が計画されました。八戸大橋は建設当時、「連続箱桁形式」という工法で作られた橋の中で国内では2番め、東北では1番の長さで、全国にも先駆けて設置された長大な橋でした。
八戸大橋は長さ1323m、橋脚の高さ30mを誇るアーチ型の産業用橋梁。1964(昭和39年)、八戸地区が新産業都市に指定されました。当時の八戸港は、馬淵川と新井田川に分断されていて港の中での物流が滞りがち。将来に向けて効率的な物流拠点とするため、港湾道路整備の1つとして新しい橋の設置が計画されました。八戸大橋は建設当時、「連続箱桁形式」という工法で作られた橋の中で国内では2番め、東北では1番の長さで、全国にも先駆けて設置された長大な橋でした。


