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【紙面アーカイブから】全線開通80周年 八戸線駅・人もよう
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【紙面アーカイブから】「全線開通80周年八戸線 駅・人もよう」(1)プロローグ

2026.03.19clock-icon19:00
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沿線の近代化に貢献 〝ドル箱〟今は生活路線

エンジン音を響かせながら気動車が駆け抜けるJR八戸線。沿線住民にとって重要な生活路線だ=八戸―長苗代間
【写真説明】エンジン音を響かせながら気動車が駆け抜けるJR八戸線。沿線住民にとって重要な生活路線だ=八戸―長苗代間

力強いエンジン音を響かせながら、白地に赤の帯を施した気動車が走る。市街地、住宅街、田園、漁港、海…。移ろいゆく車窓の風景はさまざまな沿線の表情を見せる。
※2010年1月5日本紙掲載。年齢や肩書などは当時のままです
青森県南と岩手県北の沿岸部を縦貫するJR八戸線は今年3月、1930(昭和5)年の全線開通から80周年を迎える。
全線非電化の単線で、延長は八戸―久慈間の64・9キロ、起終駅を含めた駅数は24駅。通勤や通学、通院、買い物などに欠かせない足として、また東北新幹線に接続する路線として、地域住民に利用されている。
各駅停車の普通列車だけの運行で、編成は2~4両。旧国鉄から引き継いだ、ディーゼルエンジンの「キハ40形」「キハ48形」を使っている。八戸―久慈間は1日9往復、「うみねこレール八戸市内線」の愛称がある八戸―鮫間は11・5往復が設定されている。
少し八戸線の歩みをたどってみたい。1891(明治24)年9月、東北線の盛岡―青森間開通に伴い、上長苗代村に尻内駅(現・八戸駅)が開設された。八戸町や港を持つ湊村から離れていたため、地元ではほどなくして鉄道誘致の機運が盛り上がった。
93年3月、尻内―湊間の支線建設が認められ、94年1月に八ノ戸駅(後に八戸駅に改称、現・本八戸駅)まで、同年10月には湊駅(現在は廃止)まで延伸された。これが八戸線の始まりである。
八戸―湊間の途中から分岐し、鮫、階上を経て種市駅に至るまでの区間が1924(大正13)年11月に開通。このとき、八ノ戸駅から八戸線に改称された。25年11月には、陸中八木駅まで延伸。終点久慈駅までのレールが1本につながったのは、昭和に入ってまもなくのことだった。
九戸歴史民俗の会会長の酒井久男さん(洋野町)は「それまで八戸から久慈まで1日がかりだった。片道2時間で行き来できるのは、天地がひっくり返るような出来事だったろう。特に物資の往来が盛んになり、地域の近代化につながった」と全通の意義を強調する。
昭和40年代以降、北奥羽地域随一の工業地帯と八戸港で生産・水揚げされた工業製品や海産物などの貨物を中心に飛躍的に輸送量を伸ばし、一時は「ドル箱路線」とも呼ばれた。しかし、トラック輸送の普及で貨物列車は廃止され、乗降客もモータリゼーションの進展や少子化などで減少の一途をたどる。
今年12月の東北新幹線全線開業により、東北線の八戸―青森間は経営分離されるが、八戸線はこれまで通りJR東日本が運行。地域住民に身近な交通機関としての使命が変わることはない。

八戸線トピックス

種市まで開通した1924年ごろ、八戸線を走る蒸気機関車
種市まで開通した1924(大正13)年ごろ、八戸線を走る蒸気機関車=「写真で見る八戸の歴史」(北方春秋社刊)より
明治政府、建設を急ぐ

■尻内駅開業のころ 世界初の商用鉄道は1825年、英国のストックリン―ダーリントン間で開通。以後、欧米各地で建設が活発化し、米国やフランス、ドイツなどで開業ラッシュが続いた。

日本では、明治政府が69(明治2)年に首都・東京から開港地・横浜などを結ぶ鉄道の建設を決定。鉄道技術は英国方式を導入することを決めた。

72年5月には、品川―横浜間が仮営業を開始。同年9月12日に新橋―横浜間の約27キロが開業し、日本の鉄道の歴史が幕を開ける。明治維新後、わずか数年で鉄道敷設にこぎつけたのは、近代国家としての体裁を整えるのが急務だったからだ。

その後、大阪―神戸間、大阪―京都間、北海道の手稲―札幌間などが相次いで開通。89年には東海道線の新橋―神戸間が全通した。

東北線は、日本初の私設鉄道会社である日本鉄道が建設に当たった。西南戦争後に政府の財政が逼迫(ひっぱく)し、予算不足で官営の鉄道建設が進展しなかったため、民間にも鉄道建設を認めたのである。

82年に始まった工事は上野から北上する形で5区間に分けて進められ、87年12月に仙台駅、90年11月に盛岡駅、91年9月には尻内駅(現・八戸駅)を含む青森駅が開業。わずか9年で全線開業にこぎつけた。

東北線は東北の近代化に貢献したばかりでなく、北海道・樺太(現サハリン)への連絡線としても大きな役割を果たした。

次回以降は、八戸駅から順に各駅を訪ねながら、駅にまつわるエピソードや沿線住民たちの暮らしなどを紹介する。

当時の紙面(2010年1月5日掲載)
当時の紙面(クリックで拡大)

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