18挺使い1日500~600枚
(※2002年4月28日、本紙に掲載。年齢や肩書などは当時のままです)
戦後の一九四○年代後半、八戸市内のせんべい屋さんは百店以上あった。それが、後継者不足などで現在は二十店前後。昔ながらの手型で焼いているのは二店だけになった。その一つが、同市町組町の大久保せんべい店。店主の大久保勝夫さん(73)は「買ってくれるお客さんがいる限り頑張りたい」と話し、手焼きの伝統を守り続けている。
手焼き型は鉄製で柄を含め長さが六十センチほど。五キロ前後と結構重い。大久保さんは、これを十八挺(ちょう)操りコンロ式の細長い焼き台で一日五百―六百枚焼く。燃料はガス。
同じ型を十八年以上も使っている。炭火で焼いたころは熱で曲がり、時々たたいて直したりもした。今は丸い型の中心にガスの火を当てて焼くため、長持ちするようになった。修理といえば、柄が交差する部分のねじを交換するぐらいだ。
型は厚さなど一挺一挺に特徴があるという。せんべいの固さや味、色具合に差が出たりもする。「一枚ずつ違うのが、手焼きのいいところでもある」と大久保さん。
時折、「せんべいに焼き込んで」と、乾燥させたサンショウやボウフを持ち込む人もいる。手焼き故に成せる技だが、大久保さんは「大した枚数じゃないから…」と、特別料金は取らない。
四八(昭和二十三)年ごろは大久保さんの店にもせんべい焼き機があったが、先代が「商売が忙しくなれば好きな釣りができなくなる」と、一年もしないうちに撤去した。以来、手焼き一筋。
なじみ客が来てくれるだけで十分と、店の看板は出していない。「跡取りがいたら金文字の看板を出してもいいけどね」と笑いながらも、ちょっぴり寂しそうな表情を見せた。
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せんべいを焼く機械は実にシンプルだ。製造され半世紀以上経過してもなお多くが“現役”で活躍している。第三部は「機械の巻」。


