Free【ここに決めた 移住人】ヴァンラーレ選手から指導者へ 向陵高教諭の山本さん

ヴァンラーレ八戸の選手から向陵高の教諭となり、八戸市に定住した山本真也さん(左)。経験を生かし、同校サッカー部の指導に力を注いでいる=8日、八戸市
ヴァンラーレ八戸の選手から向陵高の教諭となり、八戸市に定住した山本真也さん(左)。経験を生かし、同校サッカー部の指導に力を注いでいる=8日、八戸市

サッカーやバスケットボールなど地方に裾野を広げるプロスポーツ。選手が輝くのは現役時代だけではない。八戸市の向陵高教諭の山本真也さん(27)は、サッカーのヴァンラーレ八戸の元選手だ。島根県出身で中学を卒業後に故郷を離れ、静岡県の高校や東京の大学で技術を磨いた。転機は飛躍を期して挑んだ入団1年目に訪れた。大けがで現役を続けるか悩んだ。「目標に向かい努力する大切さを伝えたい」。選んだのはもう一つの夢だった。

 島根で生まれ、小学1年からサッカーにのめり込んだ。静岡学園高、国士舘大と全国制覇の実績がある名門でフォワードとしてプレーし、同世代の選手たちと切磋琢磨(せっさたくま)した。

 大学での活躍が認められ、2016年に日本フットボールリーグ(JFL)に当時所属していたヴァンラーレへ入団。別に仕事を持ちながらではあったが、J3昇格までもう一息に迫るチームで、念願のサッカー選手としての一歩を踏み出した。

   □    □

 だが、いきなり試練が待っていた。シーズン序盤の春先に右膝の靱帯(じんたい)を負傷。手術をすれば復帰まで半年以上かかる大けがだった。

 少しでも早くピッチに戻るため、手術は受けなかった。懸命にリハビリに取り組んだものの、回復は遅れた。「プロの世界でやっていけるのか」。焦りは次第に不安へと変わっていた。

 思わぬ誘いを受けたのは、シーズン終盤の秋ごろだった。チームスタッフの一員で、親身になって相談に乗り、励ましてくれた八戸市内のサッカー関係者から、私立の向陵高が体育教諭を探していると聞いた。

 学校の先生は憧れの職業の一つで、大学時代には教員免許も取得していた。ただ、それはもっと先の目標で、生徒の前に立つ自分を想像できなかった。一方、教諭の空きは常にあるわけでないことも理解していた。


 「1年で選手をやめてもいいのか」。「もう一つの夢をかなえられるのなら」。葛藤に苦しんだ。

   □    □

 17年春、山本さんの姿は同校のグラウンドにあった。教諭に転身し、サッカー部を任された。部員は数人と恵まれた環境ではなかったが、新米監督にはむしろ、逆境がやりがいに思えた。「一からチームをつくるのは望むところ」だった。

 熱心な指導や地道なスカウト活動を続け、青森県外からも進学者を迎えるようになった。数年前までメンバー集めに四苦八苦した弱小チームが、21年度には部員29人となり、夏の青森県高校総体で16強入りを果たした。

 ヴァンラーレがJ3昇格を決めたのは18年シーズンだった。「引退直後なら未練が大きかったかもしれない」と山本さん。選手として、うれしさも悔しさも味わった八戸で夢の続きを追う。「経験を生かし、県内の高校サッカーをもっと盛り上げたい」。大好きなサッカーへの情熱が、若き指導者とこの地を結ぶ。

………………………………………

※デーリー東北新聞社は地域の最新ニュースや話題、生活情報などを配信しています。朝刊紙面だけでなく、月刊スポーツ誌やウェブサイト、アプリ、プッシュ速報で情報を受け取れます。まずはアプリをダウンロードしてお試しください。無料コンテンツも多数あります。
 https://www.daily-tohoku.news/user-guide-app

お気に入り登録