Free【記事アーカイブ2018年8月】岩波書店社長に就く坂本政謙さん(八戸出身)

編集者の仕事について語る坂本政謙さん=2018年8月、東京都内
編集者の仕事について語る坂本政謙さん=2018年8月、東京都内

6月に岩波書店の社長に就任する坂本政謙さん(56)は八戸市出身。デーリー東北では2018年8月、坂本さんが編集者として担当した小説「月の満ち欠け」が直木賞を受賞した際にインタビューしている。

 18年8月31日・文化面の記事を配信する。


 ■18年越しの熱意が結実
 今年上半期の直木賞を受賞した佐藤正午さんの「月の満ち欠け」(岩波書店)は、主人公が八戸市出身で舞台の一部が同市という設定の小説だ。担当編集者の坂本政謙さんが同市出身の縁で、「八戸」がモチーフにふんだんに使われている。自らほれ込んだ作家に執筆を依頼してから18年。作品が誕生するまでのいきさつを坂本さんに聞いた。

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 坂本さんが佐藤さんの担当になったのは、大学生の頃からファンだったことがきっかけ。「20歳の時、『王様の結婚』という小説を読んで魅了され、その後、作品を繰り返し読む大切な作家になった」。

 大学卒業後、石油会社に就職したが、昔からの念願だった出版業界を諦め切れなかった。再び出版社を受けて同社に採用され、企画を考えて佐藤さんへのアプローチに動きだす。

 岩波書店は文芸誌を持たないため、作家ごとに担当の付くシステムを取っていない。「自由な分、自分で企画して好きな作家にあたっていくことができた。舗装されていない道を行く感じの手探りではあったが」と振り返る。

 佐藤さんと最初に会ったのは、編集者としては駆け出しの1999年4月。居住地の長崎県佐世保市を訪ね、書き下ろし小説の執筆をお願いした。この時、佐藤さんに「(他の出版社の)順番もあるから、書けるのは2007年から08年ぐらいになるけど」と言われ、「待ちます。何年でも」と即答したという。

 佐藤さんのペースに合わせてひたすら待ち続け、その間、毎年数回は佐世保に通った。14年からようやく具体的な話を始め、第1稿が届いたのは15年7月。やり取りを重ねて今年4月に刊行した。

 時を超えて男女の愛と人生が交錯し、「生まれ変わり」を織り交ぜた物語にリアリティーを持たせたのは、登場人物の細部にわたる設定だ。

 主人公の暮らす八戸の様子を時代背景に合わせて立ち上がらせるため、そこで生まれ育った坂本さんを参考にした。母校の「八戸高校」や「南部弁」などが随所に現れる。編集者であると同時にモチーフの提供者にもなり、作品に深みを持たせる役割を果たした格好だ。

 直木賞受賞に坂本さんは、「同業の、特に若手作家にほれられる、知る人ぞ知る存在だった正午さんが受賞を機に広く世に知られるようになってうれしい」と、感無量の様子。自身の長年の奔走が結実した。

 岩波書店から直木賞受賞作が出たのは初めて。地方在住の作家に寄り添い続けた坂本さんの熱意も原動力の一つだ。

 出版不況といわれる時代だが、「人は物語を必要としている。慰めとか自分への鼓舞とか。何らかの物語に託してストレスなりを解消していく。小説が無くなることはない」と坂本さん。

 同市鮫町の実家には毎年帰省しているが、担当編集者としてますます多忙に。「今年は無理。しばらく帰れそうにない」。

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