Free北奥羽の地名【侍浜町】/どんな由来?

北奥羽の地名
北奥羽の地名

久慈市の沿岸北部に位置する侍浜町(さむらいはまちょう)。1954年の町村合併までは侍浜村として存在していた。侍浜町振興協議会が2002年に発行した創立30周年記念誌「海鳴(はまおど)に心ひかれて」によると、侍浜の地名は侍が開いた浜にちなんだとされる。

 大永年間(1521~28年)、久慈氏の祖先久慈備前信実の次男信興が父の命令を受け北野牧を開いて土着。江戸時代の久慈地域は八戸藩領だったが、北野牧は盛岡藩の飛び地となり、牧場と塩釜の経営を大規模に行っていた。

 侍浜町の前浜に約30メートル四方にわたる平らな巨岩があり、「侍石」と呼ばれる場所がある。現在は「みちのく潮風トレイル」の見どころの一つであり、絶景をなしている。

 諸説あるが、1614年に南部藩主の南部利直が津波の被災地を巡視した際に休憩した場所とされる。

 「義経北行伝説」では、北に逃れた源義経一行が平泉から海岸を経て上陸し、昼食を取ったという。岩には義経が乗った馬や人の足跡に似たへこみがあったと伝えられる。
 ※ネット連載

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