Free【震災10年 復興の歩み】(2)八戸市 八戸港、復旧の物流拠点に

全長の約4割が倒壊した八戸港八太郎北防波堤は、2013年9月に工事完了。東北地方の港で最も早く復旧した(13年7月撮影、八戸港湾・空港整備事務所提供) 
全長の約4割が倒壊した八戸港八太郎北防波堤は、2013年9月に工事完了。東北地方の港で最も早く復旧した(13年7月撮影、八戸港湾・空港整備事務所提供) 

最大で高さ約6・2メートルの津波が押し寄せ、甚大な被害を受けた八戸港は、国と青森県が主体となって被災直後から復旧工事に着手した。2013年9月、全体の約4割が倒壊した八太郎北防波堤が復旧したことで八戸港全体の工事が完了。東日本大震災の発生から約2年半を経て東北地方の港でいち早く完全復旧を果たし、東北地方の災害復旧の物流拠点となった。 

 同防波堤は全長約3500メートルのうち、津波によって中央部の764メートル、先端部の664メートルが倒壊。国は11年6月から新しいケーソンや消波ブロックの据え付けを行い、港湾内の機能回復を図った。ケーソン上部に傾斜を付けることで津波の威力を軽減できるほか、土台部分にブロックを敷設して耐久性を高め、「東日本大震災クラスの津波にも耐えられる設計」(国の担当者)だという。

 同港ではこのほか、国と県が決壊したポートアイランドの護岸整備などのほか、海底に流入した土砂の掘り起こし作業なども行い、船舶の航行に必要な水深を確保。港周辺の土地のかさ上げや防潮堤整備も実施した。

 津波は港以外にも深刻なダメージを与えた。八戸市内で最も建物被害が大きかった市川町では、地区を流れる五戸川が氾濫し、468棟が浸水や倒壊の被害にあった。市は同地区の防災力向上や活力創出を目的として、五戸川北側に16年10月に多賀多目的運動場を整備。サッカーJ3ヴァンラーレ八戸のホームスタジアムのほか、管理棟は住民の津波避難施設となっている。4階の床面高さは12・45メートルあり、約100人の緊急避難が可能だ。

 さらに川の南側には15年9月に多賀地区津波避難タワーが完成。備蓄庫などを整備し、災害時には2階に約80人を収容できる。

 防災教育の拠点整備も進んだ。市は館鼻公園内にある旧八戸測候所を国から取得し、19年7月にみなと体験学習館(通称・みなっ知)を開設。震災の様子を映像と音で紹介する「震災タイムトンネル」や災害記録を振り返るアーカイブなどを展示しており、「震災伝承施設」として登録されている。

 開館以来、市内外から累計約6万人が訪れており、前澤時廣館長(68)は「震災以降に生まれた子どもも増えている。家族で訪れて今一度、防災について考えてほしい」としている。