Free北奥羽の地名【剣吉】/どんな由来?

南部町名川地区にある。町立剣吉小学校近くの剣吉諏訪神社の伝説によると、807年、坂上田村麻呂が蝦夷征伐の途中に立ち寄り、境内の中にある「四ツ谷の池」の水で剣を研いだことに由来している。

 素晴らしい切れ味に感激した田村麻呂は「刀剣を磨くに吉」と言ったという。池のほとりに小さなほこらを祭り、この地を「けんよし」と名付けた。

 現在の剣吉小の敷地には剣吉城があった。明応年代(1492~1500年)ごろから、三戸南部氏の家臣である北氏の居城だったと考えられている。

 戦国の混乱期に城主だった北信愛は南部信直の側近として活躍した。

 ※ネット連載

 
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