Free【北奥羽の地名】淋代(三沢市)/農地に適さぬ厳しい環境

北奥羽の地名
北奥羽の地名

【淋代=さびしろ】

 漢字から想起されるイメージは、時に文人の詩情をかき立てた。俳人の山口青邨は「みちのくの淋代の浜若布寄す」と詠み、「名前の哀れさが私にまざまざと思い描かせた」と記している。地名の由来も、それに近いようだ。

 「三沢市史上巻」では、アイヌ語で「枯れた、枯渇した」を意味する「サッピ」と、広大な草原を指す「シル」が語源ではないかとしている。実際、太平洋と小川原湖に挟まれた「さびしろ」一帯は、やませの冷害に見舞われやすい上、水はけが悪い粘土層で、長年農地には適さなかった。 

「淋代」の漢字が当てられたのは、戊辰戦争に敗れた会津藩士が入植した明治期とされている。郷土史に詳しい元小学校長の川村正さんは「厳しい環境に苦しんだ人々の思いが込められているようだ」と話す。

 だが1931年、世界で初めて日米間の太平洋無着陸横断飛行に成功したミス・ビードル号の出発地点となった淋代海岸の名は一躍、全国的に知られるようになった。東北町、七戸町にも同じ地名が残っている。

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