Free1953年の八戸、カラーで撮影 橋本さんが一般普及前に さくら祭など貴重な写真

八戸さくら祭の催しの一つだった、広告カーニバルの模様を撮影した写真(橋本さん提供・上)と、昔のカメラと一緒に、カラーフィルムを今も大事に保管している橋本昭一さん=八戸市
八戸さくら祭の催しの一つだった、広告カーニバルの模様を撮影した写真(橋本さん提供・上)と、昔のカメラと一緒に、カラーフィルムを今も大事に保管している橋本昭一さん=八戸市

カラー写真が一般に普及したのは1970年代ごろからとされるが、それより20年ほど前に八戸市内の様子を写したカラーフィルムが残されている。撮影したのは、当時高校生だった同市売市1丁目の橋本昭一さん(84)。9枚に53年春の八戸さくら祭の様子などが収められている。当時の北奥羽地方の姿を捉えたカラー写真は珍しく、橋本さんは「貴重な物だという感覚はあったが、そこまで真剣に考えず撮っていた。できあがった写真を見て楽しんだものだ」と青春時代を懐かしむ。

 橋本さんは八戸市立第二中時代に写真部に入り、自宅に暗室を造るほど夢中になった。そんな中、手に入れたのが、41年に小西六(のちのコニカミノルタ)が発売した日本初のカラーフィルム「さくら天然色フィルム」だった。白黒に比べてはるかに高価だったことや太平洋戦争の影響で、当時ほとんど広まらなかったとされる。入手ルートは明確には覚えていないが、知り合いの写真店か親戚にもらった物だという。

 撮影したのは、生家である「靴のハシブン」や、当時三八城公園で行われた八戸さくら祭の模様、田んぼが広がる長根地域の風景。

 フィルムの劣化で全体的に赤みがさしてはいるが、さくら祭の催しの一つだった広告カーニバルの宝船山車に装飾された、桜のピンク色や波の青色などが見て取れる。53年5月4日付の本紙記事によると、宝船には市や商工関係者らが七福神に扮(ふん)して乗り込み街を練り歩いたといい、扮装(ふんそう)しているのは誰かを当てる懸賞企画も行われたようだ。

 青森県史の普及を担当する、県県民生活文化課の中園裕総括主幹は「この時代、一般の方がカメラを持ってるだけでも珍しい。カラー写真であればなおさらだ。県でカラー写真を持っているとちゃんと言えるのは昭和50年代以降だ」と希少価値の高さを説明。八戸市立図書館の所蔵写真も同様で、撮影時期がはっきりしているものは、カラーフィルムが一般に普及して以降の物だという。

 古いカメラと共に多くの写真を大切に保管している橋本さん。今回のカラーフィルムをはじめ、昭和の人々の暮らしを捉えた資料的価値の高い写真が多く、「今後何か活用方法を考えていきたい」と話している。

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