Free【北奥羽の地名】権現沢(ごんげんざわ、六戸町)/流浪の仏師が獅子頭制作

北奥羽の地名

六戸町の中央部に位置する地区。町立七百中や開知小があるほか、2012年3月に廃線となった十和田観光電鉄の旧七百駅が残る。

同町の郷土歴史研究家、長根富栄さんの地名解説をまとめた冊子「地名ルーツ探訪」(町教委発行)によると、地域の伝承が名付けの由来とされる。

中世後期(1500年代)、仏師(仏像などを制作する人)がこの地に流れ着いた。彼は桑の大木から獅子頭(権現)などの作品を作り、数年後に立ち去った。後には木くずが二つの大きな塚として残って「権現塚」と呼ばれるようになり、現在の地名につながった。

長根さんによると、本来、権現沢と呼ばれたのは東北町の姉沼に近い町北部の地域で、姉沼川もかつては「権現沢堰」と呼ばれていた。だが、明治期に現在の場所の地名に定められたという。

伝承については「塚があった場所を開墾した家に長年伝わっており、信ぴょう性は高い。獅子頭作りは技術が必要なので、外から来た人がいたことは間違いないだろう」と述べた。

 
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