Free【大島氏引退】「残る力で新しいともしびを」/会見の一問一答

記者会見で不出馬の判断に至った思いなどを語る大島理森氏=12日、八戸プラザホテル
記者会見で不出馬の判断に至った思いなどを語る大島理森氏=12日、八戸プラザホテル

12日に八戸市内で引退の記者会見をした大島理森衆院議員。不出馬の判断に至るまでの経緯、衆院議員や議長として過ごした思い出などを語った。主なやり取りは次の通り。

 ―不出馬を決断した理由は。
 議長職を務めている6年余りは、130年以上続く憲政史上最長と言われた。政治家としてこれから何をしたら貢献できるか、恩返しできるか、6月16日に通常国会が終わった後で真剣に自問自答した。その結果、新たな人材を発掘して後継とし、皆さんの協力を得てその人に働いてもらいたい。家族にも誰にも相談せず、通常国会が終わってから1週間以内に決断した。

 ―周囲の反応は。
 「辞めるのを辞めろ」「唐突で悔しい」との意見があった一方で、「素晴らしい判断」と言う人もいた。だが、私にあと10年、20年やれと言っても無理。皆さんと一緒につくった政治の中における一つの流れを継続し、発展させるためにも、自分の力が少し残っている間に新しいともしびをつくりたい。

 ―衆院議長として心掛けたのは。
 議長の仕事は憲法や国会法で明示されている。戦後の歴史と伝統の中で、「公正、公平、中立で、国会、立法府の権威を守れ」というのが先輩の教えであり、法の精神でもあった。自民党員でありながらも、与党のためだけに判断してはならないと、朝に公邸に入る前に言い聞かせてきたつもりだ。

 ―政治家生活で印象に残っているのは何か。
 (2007~12年ごろの)「ねじれ国会」の際、与党の国会対策委員長、野党の幹事長、副総裁として仕事をしたのが、つらくもあり、働きがいもあった。また、3期目の43歳のとき、海部俊樹内閣の官房副長官を務めた。湾岸戦争や日米構造協議、米ソ冷戦終結など大きな変化がある中、あっちに怒られ、こっちに怒られただただ動き回ったのが政治生活で大きな学びの場だった。

 ―今後は何をするのか。
 (後継者が)当選したら、しっかりとバックアップしていく。出処進退の報道を受け、元議長や元総裁から電話をいただき、「今後、会って天下国家を語ろうではないか」との言葉をもらった。自分の経験を振り返りながら、日本の政治や議会制民主主義の在り方をさらに青臭く勉強してみたい。自身の後援会は当分存続させる。

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