Free【北奥羽の地名】多賀(八戸)/積み荷多い港が由来?

北奥羽の地名
北奥羽の地名

【多賀=たが】 八戸市市川町。同町は多賀地区とも呼ばれる。市立多賀小の名前にも使われており、同小創立100周年の際に記念事業として制作された記念誌「聞き書き多賀の百年」によると、由来は諸説ある。

 江戸時代の浜市川は漁場、開港場としてにぎわった。大量の物資が積み出された。そのころの浜市川の海岸を「多賀の浦」と呼んだことから、「多賀」という名が生まれたという説がある。

 また、平安時代に坂上田村麻呂が蝦夷討伐のため、市川に「多賀城」と呼ばれるとりでを築き、統治に当たったことから「多賀」と呼び始めた、ともいわれる。

 多賀小が誕生した際にもエピソードが。1875年に開校した下市川小を、1886年に「多賀尋常小」に改名した当時の校長の出身地、福島県会津若松市には「多賀神社」が存在するという。

 ※ネット連載

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