Free【あの日の紙面(完)震災7日目】ボランティア続々 津波に流された男性「死ぬかと」/2011年3月17日

被災した住宅の後片付けや泥上げを手伝う災害ボランティア=2011年3月16日、八戸市市川町
被災した住宅の後片付けや泥上げを手伝う災害ボランティア=2011年3月16日、八戸市市川町

「あの日」の記憶を紙面でたどる企画。17日は震災7日目の紙面。被災地ではボランティアが復旧に力を尽くしてた。

 ■支援の輪広がる

 八戸市内では被災地の復興ボランティアに多くの市民が手を挙げている。市と市社会福祉協議会が開設した市災害ボランティアセンターには、14日から16日までの3日間で258人の登録があった。高校生や大学生の姿が目立ち、携帯メールで呼び掛け合い参加するケースも。「自分も被災者の役に立ちたい」。そんな思いで立ち上がった若者は被災地を明るく照らす存在となりそうだ。

 16日は約100人が活動。ほとんどが津波で大きな被害を受けた同市市川町に集結し、被災者の家の後片付けや泥上げを手伝った。

 同地区の住民は慣れない避難所生活に加え、被災後に空き巣が多発するなど、心身共に疲れ切った様子。それでも、ボランティアの支援に「寒いのに来てくれてありがたい」と歓迎する声が相次いだ。

 八戸西高校を卒業したばかりの女性(18)もボランティアの一人。仙台市の大学への入学が決まっているが、震災で4月下旬まで待機となっており、「大学生活を送れるか不安だけど、被災者の方がもっと不安なはず。自分も前向きに活動したい」と話していた。

 三沢市では36人が登録。青森県防災ボランティア情報センターには、全国から100件余りの問い合わせがあるという。

 ■恐怖を語る

 「絶対にこのまま死ぬと思った」―。11日の大津波にさらわれ、自宅から数百メートル流されながら奇跡的に無事だったおいらせ町の男性(75)。16日、あっという間に水にのみ込まれた恐怖を語った。

 男性は最初の津波を高台で見た後、一度自宅に戻ってしまい、次の最大の津波に襲われた。「『ザザー、ドンッ』と激しい音が聞こえた直後に大量の海水が家に入り、あっという間に天井近くまで水位が上がった」と振り返る。顔を水面に出そうとしていたところ、ガラスが割れる音とともに一気に外へ押し流された。

 「50ccバイクと同じぐらいの速さで流されたように感じた」。死を覚悟しながらも流れる丸太にしがみつき、波に身を委ねた。数百メートル流されてようやく足が地面に着き、歩いているところを救助されて病院に運ばれた。けがはなかったが、各種検査が必要だったため15日まで入院した。

 退院後に初めてテレビで各地の惨状を目にし、「こんなにひどいことになっているとは…」と声を震わせた。「今までどんな地震でもこれほどの津波は来なかったので油断していた」と言う。「家が壊れて今後に不安もあるが、生きていられたことが喜び」としみじみ語った。

 気掛かりは町内の福祉施設にいる妻とまだ対面していないこと。「少しでも早く会いたい」と明かした。

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