Free【あの日の紙面・震災5日目】ガソリンついに底 避難所で悲鳴「体力持たない」/2011年3月15日朝刊より

ガソリンが売り切れ、臨時休業となったスタンド=2011年3月14日、八戸市内
ガソリンが売り切れ、臨時休業となったスタンド=2011年3月14日、八戸市内

「あの日」の記憶を紙面でたどる企画。15日は震災5日目の朝刊紙面。北奥羽地方ではガソリンが底を尽き、避難の長期化は高齢者の負担となっていた。

 ■スタンドで品切れ
 青森県南では14日、在庫不足でガソリンを販売できなくなったスタンドが続出。営業した一部の店舗には給油を待つ市民の車が早朝から殺到し、ほとんどが昼までに売り切れた。

 八戸市内のスタンドは、石油製品の供給拠点である臨海工業地帯の石油基地が津波で浸水した影響で、不足は極めて深刻。多くの店舗がこの日の午前中までに販売できなくなった。

 同市類家4丁目のスタンドでは、13日の午後にガソリンが完売し、14日は臨時休業に。店の前には「完売」と書いた看板を掲示したものの、在庫の有無を問い合わせにやって来る市民が相次いだ。担当者は「できるなら提供したいが、無いものはどうしようもない」と唇をかんだ。

 野辺地町の「三永」ではこの日、入荷予定だったガソリンが届かず、給油を1台当たり10リットルに規制しても午前10時にタンクが空になった。元売りに注文はしたが、所長によると、届くかどうかは「未定」という。

 岩手県北地方も同様の状態。久慈市川崎町のスタンドは14日、タンクに残っていたハイオクを1人当たり2千円分に制限して販売。店の前には数百台の車が並んだ。同店の関係者は「入荷できる見込みは全くない」と渋い表情を浮かべた。

 灯油も、在庫が無くなる寸前だ。むつ市のあるスタンドは、13日までに公用車への給油分を除いてガソリンが売り切れ、灯油も残りわずかとなった。男性店長(37)によると「あと2、3日持つかどうか」という。

 八戸市の出光リテール販売プリテール南類家店では14日、灯油のみを販売したが、正午までに売り切れ。購入した女性(42)は「ほとんど完売であきらめていたが、何とか確保できて一安心。だが、これからどうなるのか」と不安をのぞかせた。

 ■疲労ピークに
 東日本大震災で、八戸市内の避難所で暮らす市民の疲労がピークに近づきつつある。特に高齢者や病気を抱えた人の負担が大きく、地震発生から4日目となった14日は、周囲の手を借りて歩いたり立ち上がったりするのがやっとなお年寄りも目立ち始めた。津波で被災した住民の多くは、日中は自宅の後片付け、夜は慣れない避難所生活を強いられ「体力が持たない」と悲鳴を上げている。

 海上自衛隊第2航空群八戸航空基地の体育館に避難する女性(83)は、津波に襲われた同市市川町橋向で一人暮らしをしていた。つえがないと歩行も困難だが、命からがら近くの市立多賀小学校まで歩いて逃げたという。今のところ体調に異常はないが、持病の高血圧を抱えての避難所生活に心配は尽きない。「病院に連れて行ってもらえて薬はあるから今は大丈夫だけど…」と不安げに話す。

 別に暮らすきょうだいから自宅が浸水したと聞き、「家はもうどうにもならない。この先どうしようか」と女性。体力よりも、精神的に追い込まれている様子だった。

 湊公民館に避難している同市白銀町三島下の女性(59)は、がんの摘出手術を終えて退院したばかり。被災時は東京都から帰省中の長女(26)とアパート2階の自宅にいた。消防隊員に救助されてようやく避難したという。

 まだ体を自由に動かすのも難しい状態だが、介護認定の申請中だったため、車いすもなかった。現在は公民館に車いすを用意してもらい、トイレが近い部屋を使っている。

 だが、長女の休暇は今週いっぱい。長女は「母を家に戻すのも、避難所に残すのも不安です」と母親を案じた。

 一方、日中、家の後片付けを行っている住民は体力の限界に。ある男性(52)は「また家で暮らせるかは分からないが、今は片付けるしかない。先も見えない避難所生活は疲れるばかりだ」と、ぐったりした様子で話した。

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