Free【あの日の紙面・震災4日目】変わり果てた自宅 物資不足が深刻に/2011年3月14日朝刊より

品切れをびる張り紙を掲げる売り場=2011年3月13日、八戸市内
品切れをびる張り紙を掲げる売り場=2011年3月13日、八戸市内

「あの日」の記憶を紙面でたどる企画。14日は震災3日目の朝刊紙面。避難所から自宅に戻った人々は、津波被害の惨状にがくぜんとなった。ガソリンや食料も不足し始めた。

 ■「どこで暮らせば…」
 「もう家には住めない」―。東日本大震災から2日たった13日、八戸市内では津波被害に遭った住民が避難所から一時帰宅し、変わり果てた自宅の惨状を目にしてがくぜんとした。泥と海水にまみれた部屋、激しく散乱する家具、流されて壊れた車…。「これからどこで暮らせばいいのか」。体力、精神的にも限界が近づく中、被災者はショックを受けながらも黙々と家屋の後片付けに追われた。

 津波の爪痕が浮き上がった同市市川町橋向地区。妻と2人暮らしの男性(75)方は家具や衣類が散乱し、物置小屋は倒壊した。泥の跡から自宅は1階の天井まで水に漬かったとみられ、長年暮らしてきた住まいは見る影もない。

 この日、夫婦は手伝いに来た家族と一緒に、家から泥まみれの家財道具を搬出した。「今は片付けることしかできない」と馬場さん。「何もかもなくなった。これからのことを考える余裕はないよ」と声を詰まらせた。

 同地区で家屋被害を受けた住民の多くは、同市河原木の海上自衛隊第2航空群八戸航空基地に避難している。家中が壊れたという人は「避難所にいるのも疲れたが、家にも帰りたくない」と途方に暮れた。

 同市の三嶋神社に避難する近くの女性(55)は、自宅に足を踏み入れ何度もため息をついた。布団は水浸しで、廊下には黒い砂が一面に積もっていた。

 片付けるには男手がほしいが、漁師の夫は洋上にいる。女性は「もうぐちゃぐちゃでどうにもならない」と嘆き、「きょうも避難所に泊まるしかないか…」とつぶやいた。

 同市新湊1丁目の男性(58)方は、大規模な津波被害を受けた館鼻漁港の近く。30年以上住んできた家は浸水し、家財道具の大半が使いものにならなくなった。

 それでも「またこの家に住めるか分からないが、落ち込んでばかりもいられない」と気丈に語った。

 ■在庫確保に悪戦苦闘
 生活必需品を扱う八戸市内の小売店は13日、地震による停電が沿岸部を除く地域で解消されたこともあり、多くの店舗が可能な範囲で営業に踏み切った。ただ、地震の影響で流通は途絶えがちになっており、スーパーやショッピングセンター、ガソリンスタンドなどは在庫の確保に悪戦苦闘している。

 市内のガソリンスタンドは、停電復旧を受けて前日より多くの店舗が営業を再開、店の前には給油を待つ車が長蛇の列をなした。しかし、各店とも在庫不足に不安を抱え、ガソリンを継続的に供給できるかどうかは不透明な状況となっている。

 七洋類家店は給油機の点検後、午前8時に営業をスタート。店内はあっという間に車でごった返し、給油待ちの車は周辺の道路にまではみ出した。 同店の森清SS部長は「今ある在庫分を困っている市民のために提供したい」と懸命。その一方、「元売りと連絡が取れないため、在庫がなくなったらどうなるか分からない」と明かした。

 出光リテール販売プリテール南類家店も午前7時から開店、大勢の市民が訪れた。同店のスタンド関係者も「(供給拠点である)油槽所が津波で浸水してしまった。どれだけ確保できるのか…」と不安ものぞかせた。

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