Free【あの日の紙面・震災3日目】八戸港被害甚大 工業地帯は操業停止/2011年3月13日朝刊より

津波で道路近くまで押し流され、横転した中型以下釣り船=2011年3月12日
津波で道路近くまで押し流され、横転した中型以下釣り船=2011年3月12日

「あの日」の記憶を紙面でたどる企画。13日は震災発生から3日目の朝刊紙面。震災から一夜明け、津波被害による被害の概要が次第に明らかとなってきた。津波に襲われた八戸市の臨海工業地帯は、操業を停止した。

 ■漁船が岸壁に
 東日本大震災の発生から一夜明けた3月12日、青森県内では八戸市など太平洋岸を中心に、津波による被害の概要が次第に明らかになった。県警によると、午後5時現在、八戸市で1人、三沢市で2人の計3人が津波に巻き込まれて死亡。八戸市で2人が行方不明となっていたが、同日夜に男性(64)の無事が確認された。県の災害対策本部が確認した負傷者は、八戸市を中心に74人。依然、約1万3850人が避難生活を強いられている。

 県警によると、12日になって八戸市の館鼻漁港、三沢市の三沢漁港、ビードルビーチ付近で1人ずつ、それぞれ波が引いた後の車内などで死んでいるのが見つかった。県警によると、八戸市で行方不明となっている男性(69)の車が鮫漁港近くで見つかった。県によると、負傷者は八戸市69人、三沢市、三戸町、南部町、おいらせ町、弘前市各1人。

 八戸港では2メートル超の津波が数回にわたって襲い、漁船数隻が岸壁に打ち上げられたり、タンカーが岸壁に衝突したりしていた。港湾施設にも甚大な被害が出ている。しかし近づけない場所があり、いずれも被害の詳細は依然不明。防波堤の一部も損壊、貨物コンテナは約3分の2が海に流失した。八戸市、階上町などの沿岸部では、津波で倒壊した家屋や浜小屋も多い。百石漁港など太平洋岸の漁港で200隻以上の漁船が流失、転覆した。

 農業関係で災害対策本部が確認できた被害では、おいらせ町の豚舎が津波で全壊し、豚約2千匹が溺れ死んだ。同町ではほかに水田約35・8ヘクタールが冠水、ビニールハウス26棟が倒壊した。

 ライフラインは、電力が津軽地方から順次復旧したものの、県内全域の復旧には至っていない。断水も各地で発生。県、各市町村などは避難所の食料確保に全力を挙げており、津軽地方からリンゴを送ったほか、北海道、新潟県からも届く予定。毛布は避難所で行き届いているもようだ。

 鉄路はJR、青い森鉄道が終日運休。六ケ所村の使用済み核燃料再処理工場では、燃料貯蔵プールの水600リットルがあふれた。外部環境への影響はない。

 ■産業都市
 大打撃大規模工場が数多く立地する八戸港の臨海工業地帯では、午後5時現在でほとんどの工場が操業を見合わせている。詳しい被害状況は判明していないものの、産業都市・八戸は大打撃を受けた。

 三菱製紙八戸工場付近の道路には、津波で流された大きな紙のロールが散乱。紙の原料となるウッドチップも敷地内に散らばり、男性従業員は「早期の復旧は困難なのではないか」と不安げに話した。

 大平洋金属は工場内への入場を制限。11日夜から工場内に避難していた男性従業員は「水が中に入ってきて大変だった。夜は暗かったが仲間がいて心強かった」と語った。

 フェリー埠頭(ふとう)では、ターミナルビルで入り口の自動ドアのガラスが割れたほか、室内の自動販売機が倒壊した。

 多目的国際物流ターミナルでは、積んであったコンテナが崩れたり、海に流されたりしていた。港湾関係者は「とりあえず今は被害状況を確認している」と対応にバタバタ。

 通称・産業道路では、納車前の新車や輸出用とみられるブラウン管テレビ数十台、ドラム缶、ごみなどがあちこちに散乱。同市蓮沼地区では工業用水の水道が壊れ、高さ約20メートルに噴き上げた。

 工場の被害確認に訪れた60代の男性会社役員は「あの立派な工業港が見る影がない」と肩を落とした。

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