Free北奥羽の地名【四ツ森】/どんな由来?

かつて南部領だった野辺地町と、津軽領だった平内町の境界に、土を盛り上げた四つの塚がある。現在も境目を担うその付近は「四ツ森」または「四ツ盛」と呼ばれる。南部と津軽の藩境争いの歴史を目の当たりにできるスポットとして観光客らが訪れる名所にもなっている。

 塚の大きさは直径10メートル、高さは3・5メートル。領地を示す目印として、小川の両岸に2基ずつ設置されている。中には炭が詰め込まれ、塚が風雨で壊れても周囲の土と区別できるよう工夫されている。

 藩境は1595(文禄4)年に画定したが、江戸時代中期の1713(正徳3)年には、平内村の住民が南部領の馬門村で木を伐採した問題が発生。住民同士の話し合いでは解決せず、幕府の裁定を仰ぐまでに発展した。

 ※ネット連載