Free三戸城本丸の石垣見つかる 全体で長さ数十メートルか/町教委調査

三戸城跡で見つかった本丸の石垣=18日、三戸町
三戸城跡で見つかった本丸の石垣=18日、三戸町

三戸町教委は18日、戦国時代に北奥羽地方最大の勢力を誇った三戸南部氏が居城とした同町の三戸城跡の発掘調査で、本丸の石垣が見つかったと発表した。本丸の遺構の確認は初めて。出土したのは石垣の一部で、高さ1・6メートル、長さ5・8メートル。さらに地下に続いており、全体では高さ5~6メートル、長さ数十メートルに及ぶとみられる。造られた年代は16世紀後半~17世紀前半ごろと推定されるという。本丸の巨大な石垣が見つかったことで、三戸南部氏の権威の高さが改めて裏付けられると共に、国史跡指定へ向けて弾みとなりそうだ。
 同城の構造については記録が残されているが、本丸跡では昭和期の大規模な開発の影響で、遺構を確認できていなかった。
 本年度の調査は7月から実施。幕末の絵図などを基に、本丸の存在の確認に重点を置いた。
 本丸の石垣が見つかったのは8月で、現在は城山公園のイベント広場として利用されている地点。絵図上では本丸と、本丸を守るためなどに少し低い位置に設けた谷御丸(たにごまる)との境界があった場所に当たるという。
 出土した石垣は、一つ一つの石が城内に使われる中でも大きく、最大で1・3メートル。崩壊している部分もあったが、おおむね形をとどめる。自然石を積み上げる野面積(のづらづ)みの技法が用いられ、石垣の背面には、排水のために小さな石が敷き詰められていた。
 造られた年代は分析中だが、石垣の特徴や時代背景を踏まえると、26代の南部信直や、大規模な改修を行った27代の南部利直が治めた1591~1620年ごろと推定されるという。
 松尾和彦町長は「貴重な発見で、三戸町が目指す国史跡指定へ向けて大きな前進。利用や保存方法についても考えていきたい」とコメントした。
 町は2021年度の国史跡指定を目指しており、20年度にこれまでの成果をまとめる方針。今回の発見については、10月5日午後1時半から現地見学会を開き、一般の人たちにも説明するという。