Free語り継がれる「伝説」 騎手・前田長吉(八戸出身)生誕100年

史上最年少の20歳3カ月で東京優駿(日本ダービー)を制した前田長吉とクリフジ(左)=1943年6月、前田家所蔵

80年前の1943年6月6日―。八戸市(旧是川村)出身の騎手前田長吉(1923~46年)は、史上最強馬にも名が挙がる牝馬クリフジに騎乗し、20歳3カ月での東京優駿競争(日本ダービー)制覇という、現在も破られていない最年少記録を打ち立てた。その偉業と、23歳の若さでシベリアの地に倒れた悲劇性が相まって、長吉は生誕100年を迎えた今もなお、伝説として語り継がれている。

 146・6センチ、41キロ(19歳時)と騎手の中でも小柄な長吉は、通算124戦42勝、クリフジとのタッグでは11戦全勝という驚異的な記録を残した。だが、デビューからわずか2年余りで競馬界から姿を消す。44年に戦地へ赴き、敗戦後の46年2月、シベリア抑留の中、命を落としたからだ。

前田長吉年譜

長く「幻の騎手」とされてきた長吉に再び光が当たったのは、2006年。DNA検査を経て遺骨が八戸の生家に帰ってきたことが大きな契機となった。多くのメディアが取り上げたほか、伝記を執筆した作家島田明宏さん(58)らにより生家に残るさまざまな資料の調査、関係者への取材が行われ、実像が明らかになっていったのである。

競馬用長靴やむち、重りを入れるチョッキなど長吉の遺品を大切に保管する前田貞直さん=八戸市の自宅

資料を所蔵するのは、長吉の兄の孫で八戸市に住む貞直さん(71)。写真や手紙、競馬用長靴、チョッキ、むちなどの遺品を、祖父の代から大切に保管してきた。「長吉は2年ほどしか競馬ができなかった。自分たちが長吉のことを広めていくことで、現代でも“活躍”させてあげられたら」。一族のヒーローに対する強い思いが、長吉伝説を次の100年につないでいくに違いない。

 【ジョッキーとしての才能は?】 

 前田長吉の戦績はデビュー1年目の1942年が12戦5勝、43年が74戦22勝、44年が38戦15勝。通算勝率は3割3分9厘で、武豊騎手が最多の212勝を挙げた2005年の2割4分8厘と比較しても高い(『増補改訂版 消えた天才騎手』ガイドワークス)。

 師の尾形藤吉は著作『競馬ひとすじ』で、長吉を「馬にさからわず柔らかく」「自然に飛んでゆくよう」に馬に乗った「天才騎手といえるほどの少年」と評価。生還したら、モンキー乗りを広めた保田隆芳、「ミスター競馬」野平祐二と肩を並べる騎手になっただろうとも語ったという。

 藤吉の孫で元調教師の充弘さん(75)は21年11月、現在開催中のJRA競馬博物館(東京)特別展「尾形藤吉展」に向けて長吉の遺品調査のため、前田家を訪問した。長吉の才能について触れ、「ダービーではスタートで遅れたが、慌てず冷静に後半勝負で勝ち切った。勝負の巧みさは現代でも通用するものを持っていたはず」と、クレバーな戦いぶりに太鼓判を押した。

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