Free【あの日の紙面】1974(昭和49)年2月10日

あの日の紙面
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日本経済が、戦後初めてマイナス成長に陥ったこの年。とどまるところを知らない物価高の解消に政府も消費者も苦心し、物価旋風は中央、地方を問わず荒れ狂っていると伝えている。

 八戸商工会議所が調査した、1970年を100とする八戸市の小売物価指数は、74年1月に総平均で173・9となり「異常な数値」としている。特に加工食料品、繊維品のアップ率が高かった。

 当時の物価高は、73年の第1次オイルショックにより石油価格が高騰したことなどが要因。当時の福田赳夫蔵相により「狂乱物価」と名付けられた。

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