Free【震災8年】記憶と教訓、胸に刻み 北奥羽各地で追悼行事

献花し手を合わせる村民=11日午後2時9分、野田村野田
献花し手を合わせる村民=11日午後2時9分、野田村野田

東日本大震災は11日、発生から8年となった。北奥羽地方の被災地では追悼行事や避難訓練が行われ、犠牲者を悼むとともに、震災の教訓を胸に刻んだ。東北地方を中心に、死者1万5897人、行方不明者2533人(いずれも8日現在)という甚大な被害を出した、あの日から8年。震災の記憶と教訓を胸に刻みつつ、復興に向けた歩みを進める決意を新たにした。
 北奥羽地方最大の被災地となった野田村では、昨年完成した大津波記念碑を臨む「ほたてんぼうだい」で追悼行事が行われた。遺族や関係者ら約200人が参列し、献花台に花を手向け、海に向かって静かに手を合わせた。
 久慈市の沢里斉さん(56)は当時、自宅のあった同村で妻の幸江さん=当時(43)=を津波で亡くした。「災害の記憶は決して消えはしない。この子にも少しずつ教えてあげなければ」と、一緒に参列した5歳の孫の手を握りしめた。
 小田祐士村長は「防災や復興のためのアイデアを若い世代が実現していくことも記憶継承の在り方。長い時間を掛けて絆を取り戻していかなければならない」と力を込めた。
 あの日を忘れない―。青森県内各地の公共施設などでは、半旗が掲げられた。八戸市では、白銀地区自主防災会が防災訓練を実施。市立南浜公民館では、鎮魂イベント「HUMANBAND(ヒューマンバンド)on3・11」が行われ、地震が発生した午後2時46分、約180人が手をつないで犠牲者の冥福を祈った。
 久慈市長内町では11日夜、毎年恒例の「鎮魂と希望の灯あかり」と銘打ったイベントを開催。約300本のキャンドルに火をともし、古里の早期復興を願った。